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はじめに
休みの日なのに、
何も始まらないまま夕方になることがあります。
少し疲れている。
でも、寝込むほどではない。
何かしたほうがいい気もする。
でも、何をするにも少し重たい。
そんな曖昧な日が、
前より増えた気がすることがあります。
「何もしたくない」と「何かしたい」が同時にある
完全に無気力というわけではない。
ただ、
動き出すためのエネルギーが足りない感じがあります。
「これをやろう」
「外へ出よう」
「少し片づけよう」
考えてはいる。
でも、そこから体が動かない。
気づくとスマホを見ていて、
一日が終わっていることもあります。
止まりたいわけではない。
でも、動き出すところまで届かない日があります。
とりあえず、少しだけ外の空気を入れてみる
散歩までしなくても、
遠くへ行かなくても、
少し外の空気に触れるだけで違う日があります。
コンビニ。
近所のスーパー。
パン屋。
コーヒーを買うだけ。
そのくらいの外出でも、
「今日は少し動いたな」
と思えることがあります。
外へ出られない日は、朝の光だけでも
外へ出る元気がない日は、
カーテンを開けるだけでも少し違うことがあります。
朝の光を浴びると、
止まっていた感じが少し動き出す日もあります。
ちゃんと整えようとしなくても、
まずは部屋の空気を変えるくらいで十分な日もあります。
本気の改善より、「少し動ける」が大事な日もある
急に運動習慣をつけたり、
生活を全部変えたりするのは、
疲れている時ほど難しいものです。
だから、
「ちゃんと頑張る」より、
少しだけ動けるほうを優先してもいいのかもしれません。
“本気じゃないもの”から始める
たとえば、
ちょっと外へ出たくなる靴を買う。
本格的な運動ではなくていい。
意識の高い生活じゃなくてもいい。
「少し歩いてみようかな」
くらいの理由でも、
止まっていた感じが変わる日があります。
形から入るというより、
“少し生活を動かすきっかけ”に近いのかもしれません。
まとめ
何かしたいのに、
何もしたくない。
そんな少し矛盾した感覚になる時期があります。
疲れは、
寝ればすぐ回復するものばかりではないようです。
だから
急に変わろうとしなくてもいい。
少し外へ出る。
朝の光を浴びる。
コンビニへ行くだけでもいい。
「完全に止まらない」くらいでも、
十分な日があるのかもしれません。
さいごにひとこと
本気で人生を変えたいわけじゃない。
でも、ずっと同じ場所にいるのもしんどい。
そんな時期は、
「ちょっと外へ出た」
くらいで十分な気がしています。
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